2014年10月31日金曜日

著作権法の簡単な考え方

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今まで何度か著作権法について書いていますが、どうも勘違いしているアホが多い印象です。考え無しにやったあとで「知りませんでした」と言い、「ごめんなさい」ですまして、また次の違反を繰り返す方々のことですね。

そこでアホでもわかる、とはいいませんが普通なら分かるだろう書き方で書いてみます。

著作権法はなんのための法律?


著作権法はなんための法律なのか、というのは著作権法の第一条に書かれています。
以下に「法令データ提供システム」の著作権法のページから引用します。

(目的)
第一条  この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする

簡単に言えば、

作った人の権利を守る法律

です。その上で、守るだけでは文化の発展を阻害するからと、例外をいろいろ定めて自由に使える部分ができています。
間違っても、

他人が自由に利用できるように定めた法律ではない

ということです。

引用に関しても、例外的に権利が及ばないように規定しているだけです。

著作権法的にOKかどうかは誰が決めるの?


引用にしろなんにしろ、著作権法に照らし合わせるとよく分からない場合もあるでしょう。ではこの場合、誰がOKかどうかを判断するのか?

OKをだすのは作った人

です。

使いたい人が決めることではない

のです。

「〇〇するためにはこういう使い方が必要だ。だからOKに違いない!」というのは、自己中心的なジャリの理屈ですね。

「利益に貢献してるじゃないか!」「広めてやっただろう!」というのもお門違いです。それで良しとするかは作った人が判断することです。

利益になろうが露出が増えようが、それは判断材料に過ぎず権利者がNGと結論すればそれまででしょう。

違法な利用をしている方が好んで使う「著作権法は親告罪」そのものですね。NGだと思えば訴えることはできるわけですから。

結び


前から感じていましたが、すごく軽く考えている方が多くて、まともに考えている方がアホなのかもしれないと思えてきました。

個人的には性悪説を基本に考えているので、すべて善人や聖人になれともなれるともいいません。
ですが、ルールを定めてお互いが強くぶつからず、上手い具合に動けるのがオトナだろうと思うんですがね...。

それにしても他人の迷惑や内容の正確性などを考えずに書くのは楽ですね〜。サクサク書ける。

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