2016年12月24日土曜日

暖簾に腕押し詮無きこと

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考えを文字にしておこうという程度の短い記事です。

テーマは、キュレーションサイトなどに対する言葉や態度や認識に関して。

相手はどういうものなのか


無断転載とか剽窃とかばんばかやってるところに対して何かしら正そうとする場合、現在は以下のように理解しています。

  • 詐欺師に詐欺は悪いことだと諭す
  • スリに倫理や道徳を説く

上記で共通するのは、正そうとする側が何をしてもあまり意味が無いという点です。

彼らはそもそも正しいことをしたいとか、人の為になる仕事をしたいとか、業界の未来を憂いているとか、そういうものは一切ないですよね。

お金目的の

そんな彼らの目的も基本的には「金儲け」に収斂することになるでしょうが、もちろんお金目的の行動が悪いということではありません。

問題なのは、手段に制限を加える動機も意志もほぼないということです。

違法なことをすればリスクになるという認識はもちろんあるでしょうが、「人を殺そうが証拠が出なければ有罪ではなく問題はない」と同種の考えで行動しているようで、違法行為に対するブレーキも非常に甘く見えます。

正す言葉の意味の無さ


既に書いていますが、業界の未来とか倫理とかそういう点から注意を促したり、論理立てて筋を通して説得したり、声高に糾弾しても効果がありません。

「襟を正せ!」という言葉は襟を正すつもりがある人にしか効果がなく、つもりが無い人にとってはまったく無意味です。

効果があるとすれば、正す側のガス抜きぐらいではないでしょうか?

結び


ではどうするのかというと、「自浄作用」と呼ばれるものに対する私の考えにも関わってきまして、結構過激な感じになるため深くは書きません。

書きませんが、昔映画か本か何かで見た気がする以下のようなことはよく頭に思い浮かびます。

  • スリを見つけたら、利き腕を砕いて二度とスリが出来なくする
  • 詐欺師を見つけたら、顎を砕いて二度と詐欺を出来なくする

味を占めた人間は高確率で同じことをやるので、どうやって2回目以降を防ぐのかとなると、その行為を成す具体的な手段を消すのが効果的ではないかなと思わなくないためです。

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